金谷拓実(かなや たくみ)選手は、広島県出身のプロゴルファー。
アマチュア時代から活躍し、プロ転向後も賞金王に輝くなど素晴らしい実績を持つ選手です。
そんな金谷選手のご家族やゴルフを始めたきっかけ、プロになるまでの道のりを見ていきましょう。
金谷拓実の実家の家族はどんな人?
金谷拓実(かなや たくみ)選手の実家は広島県・呉市で、ご家族は4人です。
- 父親
- 母親
- 長男
- 次男 金谷選手:本人
どんなご家族に支えられてプロゴルファーになったのかをみてみましょう。
父親の職業は?
金谷選手のお父様については、職業を含め詳しい情報は公表されていません。
インタビューなどにもほとんど登場しておらず、ご家族を支える存在として、陰ながら応援されているようです。
そんなお父様ですが、金谷選手が小学生の頃には親子で「キャリングボード係」のジュニアボランティアに参加したことがあるそうです。担当したのは、なんとツアー通算19勝(2024年)を誇る「谷原秀人(たにはら ひでと)プロ」の組。目の前で放たれるプロのショットに、金谷少年は胸を高鳴らせたといいます。
この特別な体験が、プロゴルファーを目指す気持ちに火をつけたのかもしれません。親子で過ごしたその一日が、未来への一歩となったのでしょう。
出典:日本ゴルフツアー機構
母親はどんな人?
お母様は幼少期から金谷選手のゴルフを応援してこられました。送り迎えや手作りのゴルフケースを用意するなど、金谷拓実選手を全面的に支えてきました。
金谷選手は好きな食べ物に「母の作った唐揚げ」を挙げるほど、お母様の手料理が大好き。「嫌いな食べ物はない」というコメントからも、お母様の料理の腕前がうかがえますね。
しかし、2023年に金谷選手はお母様が乳がんで闘病中であることを公表。「BMWツアー選手権」の優勝スピーチでは、母への感謝の気持ちを語り、多くの人の心を打ちました。
お母様は現在も金谷選手を温かく見守りながら、時にはプレーについて意見を伝えることもあるそうです。
出典:産経デジタル
兄弟姉妹は?
金谷拓実選手には、お兄さんが一人いらっしゃいます。
詳しいプロフィールは公表されていませんが、学生時代にバスケットボールをプレーされていたそうです。
その影響もあってか、金谷選手もバスケットが好きで、観戦するのもプレーするのも好きとのこと。幼いころには、お兄さんと一緒にナイスシュートを決めていた場面があったかもしれませんね。
金谷拓実の学歴|ジュニアゴルファーからプロ転向までの歩み
金谷拓実(かなや たくみ)選手の出身地は、広島県呉市。瀬戸内海に面した、温暖で自然豊かなエリアです。
幼いころは地元球団・広島カープの選手に憧れ、ショートのポジションを希望していたという微笑ましいエピソードも。
そんな金谷選手がゴルフを始めたのは、5歳のとき。「楽しそうだったから」という素朴なきっかけでクラブを手にしました。
そこからゴルフの魅力にどんどん引き込まれ、幼いながらもその才能を輝かせていくことになります。
出身小学校|昭和北小学校|夢はマスターズ
金谷拓実選手は、地元・広島県の「呉市立昭和北小学校」で小学生時代を過ごしました。
ジュニア時代、自分の部屋に「マスターズに行く」と書いた紙を貼っていたというエピソードがあります。その宣言どおり、金谷選手は大学生で見事にマスターズ出場を果たしたのですから、まさに有言実行といえますね。
小学生時代の主な成績
年度 | 大会名 | 順位 |
---|---|---|
2010 | 中国小学生ゴルフ大会 | 🏆優勝🏆 |
出身中学|呉市立昭和北中学|練習場から走って帰宅
金谷拓実選手が進学したのは、広島県呉市にある公立校「呉市立昭和北中学校」。平日は学校の授業を終えるとすぐに練習場へ向かい、クラブを振り続ける日々を送っていました。
しかし、彼の鍛錬はそこで終わりません。練習後はなんと、自宅までの道のり約4~5kmを走って帰るのが日課だったのです。
その道は平坦ではなく、山に囲まれた地形ゆえに勾配のきつい坂道ばかり。足を止めることなく毎日駆け上がることで、自然と下半身の粘り強さと持久力が鍛えられていきました。
中学生時代の主な成績
年度 | 大会名 | 順位 |
---|---|---|
2011 | 広島県高等学校ゴルフ選手権新人戦(中学生大会) | 🏆優勝🏆 |
2013 | 中国ジュニアゴルフ選手権(全国中学校ゴルフ選手権中国予選) | 🏆優勝🏆 |
2013 | 広島県高等学校ゴルフ選手権中学生大会 | 🏆優勝🏆 |
出身高校|広島国際学院高校・ゴルフ部|スーパー高校生として話題に
中学卒業後は「広島国際学院高校」へ進学。広島県安芸郡海田町にある私立高校で、スポーツの強豪校としても知られています。
広島国際学院高校 出身の有名人
- 矢沢永吉(ミュージシャン)
- クロちゃん(お笑いタレント)
- 田辺ひかり(プロゴルファー)
ナショナルチーム入り
金谷拓実選手は、広島国際学院高校のゴルフ部に所属しながら、日本ゴルフ協会が選抜するナショナルチームでも活躍。若くしてその才能を見いだされ、“日の丸”を背負って世界の舞台に挑む経験を重ねていきます。
ヘッドコーチを務めていたガレス・ジョーンズさんは、そんな金谷選手についてこう語っています。
「タクミは今までに会ったアマチュアの中でもメンタルがとても強い選手。ナショナルチームのなかでもワールドクラスのジュニアだった。」
また、金谷選手も「あの経験が、後の米国ツアーへの挑戦につながった」と振り返っています。
ナショナルチームで過ごした日々は、金谷選手にとって単なる「代表の一員」ではなく、自身の未来を切り拓く大きな転機だったのです。

金谷選手は「スーパー高校生」と称されるほどの活躍ぶりを見せ、高校時代には驚異的な成績を収めます。
高校時代の主な成績
年度 | 大会名 | 順位 |
---|---|---|
2015 | 「日本アマチュアゴルフ選手権」 最年少優勝(17歳51日) | 🏆優勝🏆 |
2015 | 「日本オープンゴルフ選手権」 最年少ローアマを獲得(17歳148日) | 11位 ローアマ |
2015 | 「アジア太平洋アマチュアゴルフチーム選手権」 日本チーム26年ぶりの優勝に貢献。 | 🏆優勝🏆 |
2016 | 文部科学大臣杯争奪全国高等学校ゴルフ選手権春季大会(男子) | 🏆優勝🏆 |
なかでも大きな話題となったのが、2015年に開催された第100回「日本アマチュアゴルフ選手権」。記念すべき節目の大会で、当時17歳と51日という若さで見事に優勝。この勝利は大会史上最年少記録の更新という快挙でもあり、日本ゴルフ界に新たなスターの誕生を印象づけました。
さらに「日本オープンゴルフ選手権」にも出場し、アマチュア選手の中で最も優れた成績を収めた選手に贈られる「ローアマチュア」を獲得。ここでも“最年少受賞”という記録を塗り替えました。
個人での輝かしい活躍だけでなく、金谷拓実選手はチーム戦でも存在感を発揮します。
ニュージーランドで開催された「アジア太平洋アマチュアゴルフチーム選手権」で、金谷選手は日本代表メンバーとして出場。この大会は、アジア太平洋地域のアマチュアゴルファーが国の威信をかけて戦う格式高い団体戦です。
そしてなんと、日本チームはこの大会で26年ぶりの優勝を果たします。長らく遠ざかっていた頂点を奪還するうえで、金谷選手の安定したスコアと勝負強さは、まさに“勝利を引き寄せる力”そのものでした。
個の実力と、チームへの献身。そのどちらも兼ね備えた金谷選手の姿は、この時点ですでに「世界で戦える選手」としての風格を漂わせていました。

金谷選手は、当初高校卒業後にプロ転向を考えていました。
しかし、ご両親は、ご両親は高卒でのプロ転向を手放しに応援できません。QTの最終6日間まで進めなかったら「大学に行きなさい」と伝えます。
結果としてQT(クォリファイングトーナメント)でのプロ入りは叶わず、進学を決意しますが、これが後に大きな転機となります。
QT(クォリファイングトーナメント)とは?
QTは、プロゴルフトーナメントに出場するための予選会。正式名称は「Qualifying Tournament(クォリファイングトーナメント)」です。
このQTを勝ち上がることで、ツアー本戦への出場資格を得ることができます。
プロを目指す選手にとっては、まさに登竜門ともいえる大会です。
アマチュア選手も参加可能で、プロを目指す若手ゴルファーにとって大きなチャンスの場となっています。
出身大学|東北福祉大学・ゴルフ部|プロ転向
金谷拓実選手が進学先に選んだのは「東北福祉大学」。ゴルフ界の名門校であり、多くのプロゴルファーを輩出しています。
ナショナルチームで知り合った先輩の「比嘉一貴(ひが かずき)選手」から勧められたことがキッカケで、事前にキャンパスを見る事なく進学を決めたそうです。実際に大学に訪れたのは入学式の日だったのだとか。

大学時代はゴルフ部の「阿部靖彦監督」の指導のもと、さらに実力を伸ばしていきます。
監督は「ゴルフだけの人間になるな」との考えを持ち、選手たちに他のスポーツも経験させる方針でした。金谷選手も、野球やフットサルを楽しみながら、競技に向き合う姿勢を養っていきます。
大学時代の主な成績
年度 | 大会名 | 順位 |
---|---|---|
2017 | 日本オープンゴルフ選手権 池田勇太選手と優勝を争い1打差 | 2位 |
2018 | アジア・パシフィックアマチュア選手権 | 🏆優勝🏆 |
2019 | マスターズ 予選突破 | |
2019 | 三井住友VISA太平洋マスターズ \日本男子ゴルフ4人目のアマチュア優勝/ | 🏆優勝🏆 |
2020 | 特別制度によりプロ転向 |
2019年の「三井住友VISA太平洋マスターズ」優勝は、日本男子ゴルフ史上4人目の快挙でした。
さらに、同年「世界アマチュアゴルフランキング1位」に輝き、世界的にも注目される存在に。
これらの実績が評価され、日本プロゴルフ協会(JPGA)は特別制度によるプロ転向を認めました。
この制度により、プロテストなしでの入会が可能となり、2020年10月、正式にプロゴルファーとしての道を歩み始めました。
金谷拓実は何回優勝している?
金谷拓実(かなや たくみ)選手は国内で7勝しています(2019年のアマチュア優勝を含む)。
年度 | 大会名 | 順位 | 獲得賞金 |
---|---|---|---|
2024 | ANCチャンピオンシップゴルフトーナメント | 🏆優勝🏆 | ¥20,000,000 |
2024 | 東建ホームメイトカップ | 🏆優勝🏆 | ¥26,000,000 |
2023 | フジサンケイクラシック | 🏆優勝🏆 | ¥22,000,000 |
2023 | BMW日本ゴルフツアー選手権森ビルカップ \メジャー初優勝/ | 🏆優勝🏆 | ¥30,000,000 |
2021 | 東建ホームメイトカップ | 🏆優勝🏆 | ¥19,500,000 |
2020 | ダンロップフェニックス \レギュラーツアー初優勝/ | 🏆優勝🏆 | ¥20,000,000 |
金谷選手は2020年にプロへ転向すると、同年の「ダンロップフェニックス」で早くも初優勝を飾り、鮮烈なプロデビューを果たします。
さらに2023年には「BMW日本ゴルフツアー選手権」で悲願のメジャー初制覇。
そして翌2024年、ついに「賞金王」のタイトルを手にし、日本ゴルフ界のトップに駆け上がりました。
出典:産経新聞
金谷拓実の生涯獲得賞金と世界ランキング
金谷拓実(かなや たくみ)選手のランキングをまとめました。
年度 | 世界ランキング | 賞金ランキング (国内男子) | 獲得賞金 (国内・円) |
---|---|---|---|
2024 | 139位 | 1位 | 119,551,222 |
2023 | 115位 | 3位 | 141,162,332 |
2022 | 151位 | 29位 | 31,461,833 |
2021 | 60位 | 2位 | 119,803,605 |
2020 | 123位 | 3位 | 36,395,000 |
プロ転向後の戦績は、まさに安定感のひとこと。
2020年にプロ入りしてから、国内ツアーでは毎年のように上位にランクインし、着実に実績を積み上げています。2022年には欧州ツアーにも挑戦し、思うような結果は出なかったものの、経験を糧にさらに成長。
そして2024年には、ついに生涯獲得賞金が4億円を突破。国内ゴルフ界でも屈指の実力者としての地位を確立しました。
まだ20代中盤という若さでこれだけの実績ですから、今後の活躍にもますます期待が高まりますね。
氏名 | 金谷拓実(Takumi Kanaya) |
出身地 | 広島県 |
生年月日 | 1998年5月23日(27歳) |
身長 | 172cm |
血液型 | O型 |
ゴルフ歴 | 5歳~ |
プロ転向 | 2020年10月 |
金谷拓実の実家の家族・経歴まとめ
この記事では金谷拓実(かなや たくみ)選手について
- 広島出身。実家のご家族はご両親とお兄様の4人。
- 兄弟揃ってスポーツが得意で、兄はバスケットボールをしていた。
- 高校から大学にかけてナショナルチームに所属。
- アマチュア時代に最年少でローアマを獲得し、頭角を現す。
- 2024年に賞金王に輝く。
という内容をお届けしました。
今後の活躍に期待です。
コースの外ではどんな人?金谷拓実選手のプライベートは?結婚はまだ、恋愛事情はベールの中。静かな時間を好む、そんな彼の“素顔”が少しだけ見えてきました。
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