女子ゴルフ界のレジェンドとして知られる服部道子(はっとり みちこ)プロ。
現在は日本ゴルフ協会の理事を務め、トーナメントの解説や講演、執筆活動など多方面で活躍しています。さらに、東京オリンピック・パリオリンピックではコーチとしても日本代表を支えました。
そんな服部道子プロの夫は医師? 子供は何人? 実家の家族構成は?そして、どのようにしてゴルフ界のレジェンドとなったのか?
これまでの華麗なる経歴を交えながら、詳しくご紹介します!
服部道子の夫の職業は?子供は何人?
夫の職業は医師|結婚のきっかけとゴルフエピソード
服部道子(はっとり みちこ)プロの夫は医師で、2歳年下の男性です。
知人の紹介で出会い、初対面から結婚を意識するほど惹かれ合ったのだそう。
結婚当初は都内の大学病院に勤務していましたが、現在は開業している可能性もあります。残念ながら詳しい情報は公表されていませんが、服部プロは「尊敬できて信頼している」と語っています。
また、夫もゴルフをするそうですが、夫婦でラウンドすることは少ないのだとか。
その理由は、「夫のボール探し係になってしまうから」というユーモアあふれるエピソードも。プロゴルファーの妻に勝つのは、なかなか難しそうですね!
服部プロは過去のインタビューで、ゴルフを通じて人間性がよく分かると語っています。
5回デートするよりも1回ゴルフをすると相手のいろんなことが分かると思います。あと、それに、ちょ〜っと勝負をすると、より本性が分かるんですよ。
家庭画報.com
ゴルフ経験者なら、この話に共感する人も多いかもしれませんね。
服部プロは旦那様にも「ちょ〜っと勝負」を挑んだのでしょうか?😊
子供は1人|45歳で出産した息子さん
服部道子プロは、2009年に41歳でツアーを引退し、
45歳で第一子(男の子)を出産しました。
現在、お子さんの詳しい情報は公表されていませんが、プロゴルファーの母を持つ息子さん、どんなふうに育っているのか気になりますね!
服部道子の実家の家族構成|父・母・兄弟は?医師一家のエリート家系!
服部道子(はっとり みちこ)プロは愛知県出身。
正確な兄弟の人数は明らかにされていませんが、インタビューから少なくとも弟さんと妹さんがいるようです。
- 父親 弘道さん:医師
- 母親 紘子さん(旧姓・松波):元ゴルフ選手
- 長女 服部道子プロ:本人
- 弟
- 妹
父親・弘道さんは医師!母方の祖父も医師のエリート家系
服部道子プロの父・弘道さんは医師として活躍。
さらに、母・紘子さんの父(祖父)も医師という医師一家の出身です。
道子プロの夫も医師なので、家族には医療関係者が多いことが分かりますね。
母・紘子さんは元アマチュアゴルフチャンピオン!華麗なる戦績
母・紘子さんはアマチュアゴルファーとして数々の大会で活躍。
なんと、当時は女性ゴルファーがほとんどいない時代に、大会で男性に交じって優勝するほどの実力者でした。
紘子さんの主なゴルフ戦績
- ✅ 1958年 天皇誕生日杯ゴルフ 優勝
- ✅ 1959年 愛知カンツリー・クラブ理事長杯ゴルフ(17歳で優勝)
- ✅ 1962年 日本女子アマチュア選手権 優勝
- ✅ 1964年 第1回世界女子アマチュアゴルフチーム日本代表として海外遠征
特に1959年の理事長杯は、240人中唯一の女性として優勝し、注目を浴びました。
服部道子プロがゴルフ界の「サラブレッド」と呼ばれる理由がよく分かりますね。
ただし、紘子さんは子育てや医師の夫を支えることに忙しく、娘に直接ゴルフを教えることは少なかったそう。そのため、道子プロは森道應(もり・みちおう)プロに師事し、ゴルフの腕を磨きました。
服部道子の経歴|元祖天才少女!驚異の戦績とは?
服部道子プロは、史上最年少で日本とアメリカのアマチュア大会を制した「元祖天才少女」。
プロ転向後も、日本ゴルフ界の第一線で活躍し続けています。
主な経歴と戦績
服部道子プロの主な経歴です。
1984年 | (15歳9ヶ月)日本女子アマ選手権 最年少優勝 |
1985年 | (16歳11ヶ月)全米女子アマ 日本人初&最年少優勝 |
1991年 | プロテスト トップ合格 |
1993年 | JLPGAツアー初優勝 |
1998年 | 年間5勝&賞金女王 |
2019年 | 東京オリンピック ゴルフ日本代表女子コーチ就任 |
2023年 | 日本ゴルフ協会(JGA)理事、日本オリンピック委員会(JOC)理事就任 |
2024年 | パリオリンピック ゴルフ日本代表女子コーチに就任 |
2024年 | 上場企業「株式会社交換できるくん」社外取締役に就任 |
特に、高校生で日本&アメリカのアマチュア大会を制覇したことは驚異的な偉業!
最近はゴルフ以外にも活動の幅を広げ「株式会社交換できるくん」の社外取締役にも就任しています。
プロゴルファーが上場企業の社外取締役に就任するのは異例のことです。アメリカで学んだ国際経営学が、ここへきて活かされているのかもしれませんね。
まさに、ゴルフ界のレジェンドですね!✨
服部道子の幼少期|ゴルフをはじめたきっかけは祖父の一言
服部道子プロは、幼少期に父の仕事の関係でアメリカ・マサチューセッツ州ボストンに住んでいた時期がありました。その後、日本に戻り、小学4年生からゴルフを始めます。
きっかけは祖父・好昭さんの「ゴルフは家族でできるからやってみない?」という一言でした。
道子プロは幼少期に体が弱く、「激しくないスポーツならできるかも?」と思い、ゴルフを始めたそうです。
しかし、ゴルフは当時の一般家庭ではハードルの高いスポーツ。家族で週末ラウンドするだけでも高額な費用がかかるため、実家の裕福さがうかがえますね。
また、道子プロは子どもの頃、米女子ゴルフ界のレジェンド「ナンシー・ロペス」に憧れていたそう。試合を観戦し、「素敵でカッコイイ!」と思ったことが、プロゴルファーを目指すきっかけになりました。
ナンシー・ロペスは、3つのメジャータイトルを含む48勝を挙げた伝説的ゴルファー。さらに、出産後も第一線で活躍し、「ママさんゴルファー」の先駆け的存在でもあります。
服部道子の学歴|ジュニアゴルファーからプロ転向までの歩み
中学生時代|ゴルフよりも部活?
服部道子(はっとりみちこ)プロは中学時代、バスケットボールや陸上競技にも打ち込みました。幼少期は体が弱かったものの、この頃にはすっかりたくましく成長していたようです。
しかし、当時の彼女にとってゴルフはあまり楽しいものではなかったそう。理由はシンプルで、「周りにゴルフをする友達がいなかったから」。
練習よりも遊びを優先することも多く、当初はそれほどゴルフに熱中していなかったようです。
しかし、中学1年生でジュニア大会に出場すると状況が一変。同世代の女子選手たちと出会い、競い合う楽しさを知ることで、ゴルフに対する意識が変わっていきました。
出身高校|愛知・淑徳高等学校|天才少女、世界へ羽ばたく
出身高校は「愛知淑徳高等学校」。ここで服部道子プロは、日本ゴルフ史に残る偉業を次々と成し遂げます。
服部道子(はっとりみちこ)プロの出身高校は「淑徳高等学校」です。
📌 1984年(高校1年)
➡ 「日本女子アマ選手権」史上最年少優勝(15歳9ヶ月)
📌 1985年(高校2年)
➡ 「全米女子アマ選手権」史上最年少で日本人初優勝(16歳11ヶ月)
当時はまだインターネットもスマホもない時代。そんな中、女子高生が単身渡米し、アメリカの大舞台で優勝を果たしたのです。
そのインパクトは絶大で、日本に帰国した際には成田空港に大勢の報道陣が集まり、なんと「NHK紅白歌合戦」にも審査員として出演するほどの話題になりました。
ちなみに、全米女子アマ優勝後の帰りの飛行機はエコノミーではなく、ファーストクラスに格上げされていたそうです。🎉✈️
出身大学|アメリカ・テキサス大学|アメリカで文武両道を極める
高校卒業後、服部道子プロはアメリカの「テキサス大学オースティン校」に進学。
ここで彼女は「日本人の少ない環境に身を置くことで、自分に甘えないようにしよう」と考え、異国の地で学業とゴルフの両立に励みました。
📌 大学時代の主な実績
✅ NCAAリーグで通算10勝
✅ オールアメリカン・ファーストチームに4度選出
✅ 文武両道の学生に贈られる「マリリン・スミス賞」を受賞
1991年、国際経営学部を卒業し帰国。この頃はゴルフ以外の道も考えていたようです。
プロ転向|母の一言がすべてを決めた
帰国後、服部道子プロは「国際経営学を活かして商社に就職しようかな?」と考えていました。しかし、ここで母・紘子さんがまさかの行動に出ます。
「娘を勝手にプロテストに申し込む」
これには服部道子プロもびっくり。しかし、母の決定は絶対だったのか、彼女は「親が言うなら仕方ないか…」と受験を決意。
結果は…
🎉 トップ合格! 🎉
ただ、すべてが順調に進みすぎていたため、「意図しない方向にどんどん進んでいく怖さ」も感じていたそうです。そのため、母・紘子さんに「実は、ゴルフはあまり好きじゃない…」と打ち明けました。
すると、母の答えはこうでした。
「好きか嫌いかは数年じゃわからない。10年やってから決めなさい」
この言葉を受け、服部道子プロは「じゃあ、10歳から始めたから20歳まで頑張ろうかな」と考え、プロとしての道を歩むことに。
今では、「ゴルフを続けてよかった」と心から感謝しているそうです。
服部道子のwiki風プロフィール
服部道子(はっとり みちこ)プロのプロフィールです。
氏名 | 服部 道子(Michiko Hattori) |
出身地 | 愛知県 |
生年月日 | 1968年9月2日 |
身長 | 168cm |
血液型 | B型 |
ゴルフ歴 | 11歳~ |
プロ転向 | 1991年 |
趣味 | スポーツ観戦、読書 |
座右の銘 | 若い頃:「意思あるところに道あり」 現在:「人間万事塞翁が馬」 |
若い頃の服部道子プロを支えたのは「意思あるところに道あり」という力強い言葉。
どんな困難も、強い意志があれば道は開ける——そんな信念を胸に、世界に挑み続けてきました。
そして現在は、「人間万事塞翁が馬」。
人生の“良いこと・悪いこと”に一喜一憂するのではなく、すべてを受け入れて前に進む。長年の経験を経てたどり着いた、深い人生観が感じられます。
揺るがぬ意志と、しなやかな受け止め方。この2つの言葉に、服部プロの歩んできた道と人柄があらわれています。
服部道子の夫・子供・実家の家族・経歴まとめ
この記事では服部道子(はっとりみちこ)プロについて
- 夫は医師。一児の母。
- 父・祖父が医師のエリート家系
- 母は日本女子アマ優勝経験のある伝説的アマチュアゴルファー
- 幼少期からゴルフの才能を発揮し、日本&アメリカのアマ大会で最年少優勝
- プロ転向後も日本女子ゴルフ界のトップ選手として活躍
- 現在は指導者・ビジネス界でも活躍
という事についてお伝えしました。
今後の指導者としての活躍にも注目ですね!
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